港町と自然の狭間で 〜葦毛崎展望台と周辺・盛夏

八戸中心部から海岸線を辿って、東へ。太平洋に突き出した岬の先端部に、葦毛崎展望台はあります。 幕末時代には異国の船を監視するのに使われ、太平洋戦争時は日本軍によって利用されたと言われるこの場所は、今は名勝地として今日も人々の目を楽しませています。

太平洋の、何の邪魔もない真っ直ぐな水平線を一望できる場所であり、大須賀・白浜・種差という様々な表情を見せる海岸線を一目でなぞれる場所であり、そして何より、港町八戸を望める場所。美しい風景を撮影しようと向かった僕は、ひょんなことから港町八戸と自然の関わりに思い至ることになります。

圧倒的なスケールを見せる自然と、港町八戸。その2つが交錯する場所に歩を進める、49枚です。

'08 8月11日 (月) 13時1分:葦毛崎展望台

八戸でも屈指の名勝地・葦毛崎展望台に到着です。

ここはもちろん絶景が売りなのですが、草花も素晴らしい。

空の青以外のすべての色があると言っても過言じゃありません。

海と山が接近する八戸では、高山植物っぽい花から森・野原・浜辺に咲く花までが、

寄り添いながら抑えの利いた百花繚乱の様を呈します。

はまなすの実でしょうか、もっちりと厚い葉と棘のある体が、

来年のための種と実をしっかりと覆い包んでいます。

ハルジオン(ハルジョオンは誤り)か? ヒメジョオンか?

細く薄い花弁も控えめに、可憐に揺れていました。

かつては軍事利用された展望台も、今や植物をまとって優しい顔です。

種差海岸を巡る遊歩道はこの展望台を起点として、

海岸沿いに南へと伸びていきます。

種差海岸の手前、岩肌荒々しい淀の松原までを望み、

その手前は大須賀・白浜の砂浜海岸が広がり、

この展望台付近では草原が海に迫ります。このバラエティが八戸の海の懐の深さです。

ではいよいよ、展望台にのぼってみます。

地元の人が多いのを見ると、いかにこの場所が好かれているか分かりますね。

東、真っ正面、太平洋、真っ青。

眼下には、岩と波が互いを凌ぐ海岸線が折れています。

何かのしるしの旗でしょうか、音も無くはためいています。

真下。た、高い(ゴクリ)

生まれたままの茶色の岩々と、青く澄み目線を吸い込む海。

太古の地殻活動によって形成され、晒された地層。

どこか無機質で宇宙っぽい眺めの中で、草花の緑がほっとさせてくれます。

南・東と来て、今度は北を見ると・・・? なんでしょう、あの塔。

展望台から、ほんの数百メートルで到着。解説の看板もなく、ただ塔が立っています。

そばには、本当に自然界のものか疑いたくなるほど、あまりに強くストレートな黄色の花。

海の青・葉の緑・花びらの黄。夏を体現する原色に彩られています。

海辺の風は心地よく、夏であることを草花を見るまで忘れていたほど。

謎の塔は、小さな丘の上に立っています。

都会に住んでいるとまず歩かない「土の上」。草と土のクッションが心地よい。

踏み固められた獣道(?)の奥に、

用途不明の塔はそびえます。

風が海を削り、なびく様子が見てとれる、あまりにもさわやかな丘からの眺め。

振り返ると、さっきまでいた展望台が水平線間近にありました。

白波と、海を眺める人たちと、木々の葉がちらちらと瞬きます。

謎の塔の奥には、ピラミッド的な岩。うーむ、謎だらけ。

斜めに切り出された層が、これまた宇宙的。

その肩口からのぞく真っ平らな海面が、地球の大きさを暗に示します。

このスケール。言うことはありません。

その地球的な景色と地続きに、八戸の港湾地区は広がっています。

結局この塔が何の目的で作られたものかは分からなかったけど、

人間が手を加えるか否かの境界がここにあるような気がしました。

漁業・工業を興し築港した「八戸」と、手つかずの大自然「八戸」を分かつこの塔は、

港の材料である鉄骨とコンクリートでその体を成し、

苔とうみねこの糞に覆われた「人間と自然の中間のもの」になっています。

港を作りながら、海を守る。工業と漁業の港町、八戸。

砂利を露にして苔むしたコンクリートの塔は、そんな八戸によく似合って、

この土地を作り上げた自然と港町の境界に、誓いのように今日も立っています。

「港町と自然の狭間で 〜葦毛崎展望台と周辺・盛夏」 終

解説

いきなりですが、上記で触れている「謎の塔」の正体が分かりました! サイトを訪れて下さった方からの情報提供です(大感謝です!)

あの塔の真相は、マイルポスト(船の速度を測るもの)ということでした・・・他にも4本見つかった事などが、デーリー東北新聞に掲載されていましたよ

個人的な勘では、近くに鮫角灯台があるので、その灯台守が方向を確認するのに使ったりするんじゃかろうか? と思っていたのですが、見事にハズレました(笑) この塔は、船の速度を測るためのもの=船乗りのためのもの、だったんですね。港町八戸ならではの造形であったわけで、なるほどなぁ・・・と唸ってしまいました。

葦毛崎展望台を境に、人が住む家が急激に減る

蕪島から葦毛崎展望台方向に道を辿ると、八戸海洋科学館マリエントがあり、鮫浦漁港があり、小船戸があり、そして葦毛崎展望台となります。小船戸までは「海辺の人家」がたくさんありますが、葦毛崎から先はほぼ人家がなくなります。大久喜まで見て行っても、あるのは漁港・浜小屋ばかりで、人家は少ない。つまり、この葦毛崎という場所は、海辺に人が住んで日々その土地を人間の手で変えていく場所=「港町」と、人間が手をつけない場所=「自然」の境界線に位置しています。

撮影から帰った後にじっくり地図を開いてみれば、それは当然の事のように分かります。しかし僕は現場で、煙突や煙や防波堤や工場が並ぶ八戸港と荒々しいほどの自然が、なぜかこの場所でキレイに別れているという直感を持ちました。この辺りは是非とも皆さんにも体験していただきたいと思うところなのですが、特に展望台北のマイルポストの辺りから水平線を左右に振りながら眺めてもらえれば、「自分は今、境界の上に立っている!」という直感を持ってもらえるかもしれません。

境界の象徴

この「港町」と「自然」の境界としての性質はもちろん葦毛崎にも見て取れるのですが、葦毛崎の北にあるマイルポストに僕はその境界としての性質が象徴的に表れていると感じたので、上記のようなフォトジャーナルになりました。マイルポストには「船の速度を測る」という歴とした本来の役割があるので、上記はナンセンスである事は重々理解しているつもりです。それにしても、港を作る材料である鉄骨とコンクリートで出来ていて、苔とうみねこの糞で朽ちた塔というのはあまりにも港町八戸と自然の中間的な存在としてピッタリですよね。

葦毛崎からの眺めは、海も陸もどこか宇宙的でスケールが大きく、その圧倒的な力は単純な自然保護といった概念を越えた「畏れを以て扱うべき自然という存在」を感じます。人間には手出しができない巨大な力・タブーとしての自然がそこに露出しているように思えるんですね。八戸の人々は、そんな自然に対して様々な方法で祈りのようなものを捧げているように見えますが(「げに美しさは海に宿る 〜嶋明神と法師浜」参照のこと)、葦毛崎のマイルポストはそういった信仰的な形ではなく、鉄骨とコンクリートという人工物が計らずも港町と自然の間を取り持っている点が面白い。

したがってこのマイルポストは、まず「あれは何だ?」と思わせる力があり、かつそこからの光景は素晴らしく、八戸が船乗りたちのための街=港町であることを分からせてくれる、非常に面白い造形物であると思います。そんな場所をほったらかしにしておくのは、ちょっともったいないように思われるのが、正直なところです。現場には一応看板はあるんですけども「種差海岸」とだけ書かれていて、消化不良の感が否めません。是非、役場の方にでご検討いただきたいところです。

加えて、この「謎の塔」がマイルポストとしての役割があることを知ったとしても、この塔と葦毛崎展望台を境にして八戸の海辺の様相がガラリと変わっていることは厳然とした事実として存在します。港町という人工物と手つかずの大自然を分かつ象徴として、これからもこの塔には八戸を見守り続けて欲しいと切に願います。

「八戸のスフィンクス」登場

最後によもやま話をひとつ。八戸の海辺には数百数千の小さな岩が海面に顔をのぞかせていて、それらにはちゃーんと名前がついています。この塔から見える岩のひとつにも「ハラシシマ」という名前がついているんですが・・・こちらがその写真です。

「ハラシシマ」。なんか、右奥を見てるスフィンクスみたい!

こういうのを見つけると、ちょっとうれしいんです。葦毛崎以外にもたくさん「○○に見える岩・島」は八戸にたくさんあるので、それだけでコーナーを作っちゃおうかとも思っている次第です。ネタがたまるまで、少々お待ちくださいね。

情報ソースについて

最後に、今回のフォトジャーナルで用いた情報ソースをご紹介。冒頭の「葦毛崎展望台は、幕末と太平洋戦争中に軍事利用された」という情報は、オラシティ八戸さんのこちらのページを参照させていただきました。感謝!

提言:マイルポストが「港町」と「自然」の境界線上に立っている面白さと意義深さを感じとろう。

壁紙 : 1920×1200

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