ささやかだけど、役に立つこと 〜館越山 New !
市の繁華街から南へ2キロという近いところに、その美しい場所はあります。開発が進む田向地区を見下ろす「館越山」のふもとに、今でも慎ましやかに自然と人間が共存する場所があります。萌え上がる草木や花々と生活を共にし、互いを尊重し、守る人々が作り上げた光景。それは僕らを癒し励ます「役に立つもの」ですらあるのです。
市の繁華街から南へ2キロという近いところに、その美しい場所はあります。開発が進む田向地区を見下ろす「館越山」のふもとに、今でも慎ましやかに自然と人間が共存する場所があります。萌え上がる草木や花々と生活を共にし、互いを尊重し、守る人々が作り上げた光景。それは僕らを癒し励ます「役に立つもの」ですらあるのです。
まるで波が岩場に弾けるように、海と山の間から生まれ出る恵み。八戸の海岸線に百の景色を作り上げても尚余りある、海と山の出会いがもたらす圧倒的なまでの豊かさを想いながら、遊歩道に歩を進めましょう。自然の厳しさを、芸術的な美しさを、そして何よりあなたと山と海の間の秘密の思い出を、渚は声も無く語り始めることでしょう。
港町の宿命である深い霧に覆われた八戸の海を、見たことがありますか? たとえ真夏であったとしても、海岸線はくぐもった闇で包まれます。海の名勝地を網羅する種差遊歩道に歩を進めながら、霧をかき分けて大須賀へ。きっと夏の海とは思えないでしょう、八戸とすら思えないかもしれません。日常から遠く離れた幻の光景へと、皆さんをご招待いたします。
八戸から太平洋に伸びる岬の突端に、その展望台はあります。海と山がせめぎあう八戸ならではの、萌え咲く種々の草花と、圧倒的なスケールとバラエティを誇る海岸線の美しさ。そんな景色の中に、港町八戸と自然との間で交わされた約束のようなものが見え隠れしている事に、僕は気付きました。港を作りながら海を守る八戸ならではの「約束」とは、一体なんでしょうか?
2005年に八戸市と合併した南郷区に位置する島守盆地を鷹の巣展望台から見れば、誰もがハッとするはず。川と山と土を守ってきた人々と、それに応える自然が共に成し遂げた風景は、八戸の港町文化とは一味違う「陸の文化」を見せてくれます。大晦日、静かに暮れる夕闇の中に浮き上がったのは、自然と人間の調和が生んだ、限りなくやさしい時間でした。
八戸が町になった理由って、なんでしょう。そんな疑問をお持ちの方は、2007年に完成した新名所「グレットタワーみなと」から八戸を眺めてみて下さい。人が集い暮らす理由は、八戸のパノラマの中に隠れて、ひっそりと光り輝いているかもしれません。新年を迎えた八戸の夕暮れを眺めながら、八戸の人々を結びつけるもっとも深い絆に目を凝らします。
漁業と工業、海に育まれた港湾都市八戸。開かれた港と手つかずの自然が同居している海岸線を伝い、名勝・種差海岸からさらに南へ。名も無い道を辿る僕は、海を祀る人々の心根に包まれながら、図らずも圧倒的な自然の美に圧倒されることになります。心地よい浜風に汗を飛ばしながら、八戸の魅力を改めて知った旅です。
吹き付ける乾いた北風、荒れ狂う海、凍り付く町。命に鞭打つ長い長い冬を越えた先に待っていたのは、すべてを許し育み慈しむ海岸線でした。八戸の五月の海岸線はよろこびに溢れ、日本人が忘れかけている「海の春」を包み隠さず見せてくれます。さあ、車の窓を大きく開けて、うららかな春が集う海岸線をたどりましょう。
北国八戸に12月の冷たい雨がそぼふる中、色あせた街並に集う人々がいます。戦後から今日まで脈々と続いて来た陸奥湊の朝市は、近代的なショッピングセンターの常識からかけ離れたことばかり。あまりに古く、まるで化石のような朝市を巡ったら、貧しさを海と共に生き延びた人々の誇りと知恵と歴史が聞こえて来たのです。
ゴールデンウィーク。八戸の春は遅く、この時期になってやっと桜は咲き、草木が一斉に芽吹きます。そんなキラキラした季節なのに、この日はいわゆる「花霞み」。灰色にくすんだ空と街並をバスから眺めれば、華やかではないけれど、微かにやさしい春の匂いが、心地良いんです。12枚ぽっちの写真で切り取る、控えめな八戸の春です。
漁業の繁栄と衰退という時代の流れは、八戸の町から活気を奪いました。八戸の繁華街に位置する本八戸駅から、歴史ある漁港である鮫までの短い旅をしようと思ったのは、現状を嘆くためではなく、海風の中に希望を掴むため。冬の八戸、静まりかえる街並。そこで僕は、八戸が気付くべきシンプルなひとつの事に突き当たったのです。
八戸が国から「新産業都市」の認定を受け工業湾として発展を遂げる中、八戸に集まる労働者に提供されるために造成された多賀台団地。不景気に沈む今、そこには賑やかな当時を思い返させない静寂に包まれています。真夏、じりじりと肌を焼く日差しの下、ひとつの時代の終わりと、残ったものを確かめに行きませんか。
船が出る時、よく紙テープを使いますよね。あれって、何故か知っていますか? 考えてみれば不思議な演出ですが、出港という場面にふさわしいからこそ、今まで続いて来た風習なのだと、僕は思います。年が明けたばかりの寒風に向かい船が出て行く様子を眺めながら、港町の宿命である「漁師と家族の別れ」を想います。