
僕はかなり気分屋でだらしないところがあるんですが、人にはあまりそう言われません...逆に「いつもキチンとしてるっぽい、A型っぽい」と言われます。
そんなことないんですよ、実際。
きっと僕は、外にいる時と内(うち≒いえ)にいる時で、気持ちが切り替わってるんです。外にいる時の「キチンとしたふりの僕」も、内にいる時の「気分屋でだらしない僕」も、両方が間違いなく僕自身です。さらに言えば、外の僕も内の僕も、ずーっと続けるのはシンドイんです。今は外っぽく、飽きたら内っぽく...といった具合に、揺れながら暮らしているのが本当のところです。
つまり、僕という性格は画一的ではなく、四方八方に伸びている心のつるや花や実や葉っぱが微妙なバランスを取りながら、しかも風に揺られながら、全体として僕になっているように思います。
この世界にも僕自身の中にも風が吹いています。昼と夜という明るさの変化があって、四季という暑さ寒さの変化があって。仕事とプライベート、給料日前と後、健康と病気、お腹ペコペコとお腹いっぱい、欲求不満と満足、別れと出会い、新鮮さと飽き、眠い眠くない。そして、なんだか幸せだったり、なんだか幸せじゃなかったり。
この振動が止まるまで、僕らはきっと揺れ続けなければいけないのでしょう。
でもそれらは、あくまで「あっちからこっちへと繰り返し揺れている」ものです。あっちに行ってしまったと思っても、いつか戻ってくるものです。バランスの向こう側へと致命的に倒れてしまわないように、不恰好でもバランスを取りながら、時間を過ごしていかなくてはいけません。
苦笑いしながら、であっても。
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