
思う、考える、悩む、想像する、妄想する、耽る・・・サラリーマンとして都会で仕事している間、頭の中でいろいろとイメージを巡らせる作業は夜に行う頻度が高いことに思い当たりました。なぜなら、生まれ故郷・八戸でのんびりと日々を過ごしていると(それでも今回の帰省は割とバタバタしてるんですが)、その頻度が逆になるからです。
すなわち田舎での僕は、家のことや一日の準備を朝に済ませてしまって、朝から夕方まで動いたら、夜は何もせずのんびりしています。今日一日のことのみならず、明日のことまで今日の朝に考えてしまいます。そして、涼しい朝の間に色々やってしまいたくなるんですね。そうやって朝セカセカと動きながら考え、そのかわり夜はただボンヤリと虫の音でも聞きながら家族や友人と語らうだけ。夜はまったく生産的ではありません。
朝に生産して、夜に消費する生活。先んじて生産する生活を行うのは、実は非常に気が楽です。なんせ、先に生産してしまいますから。あとは、それを使いながらのんびり過ごしているだけで、次の日が来るんですから。昼間に消費したものを改めて生産しなければ寝られない夜よりも、作ったものを消費するだけの夜のほうが楽なのは、すごく簡単な理屈ですよね。
僕も良い年になって「毎日これぐらいは『結果』を残したい」と思うようになりました。残された日々を有意義に過ごしたいと思うわけです。その作業を朝に先取りして行なってしまうのと、夜にギリギリ終わらせるのとでは、どっちが楽か。田舎独特の「朝動いて、夜休む」生活リズムは、もしあなたが「『結果』を残したい」と思う人であればあるほど、有効にはたらくような気がします。
人間本来の生産と消費のスタイルは、上に挙げたような田舎の生活リズムであるような気がするんです。
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