
僕は何を隠そう、良い年の大人でありながら、夕立を浴びるのが大好きである。
夕立を浴びるのが好きになったのは、住宅街から山に近い実家へ引っ越した直後のこと。雨粒と雷鳴を聞きながら窓の外を見ると、いつもは平らな地面なのにクネクネと水流が曲がりながら流れていて、窓の外の手すりでは大きな雨粒が白くはじけている。
「浴びでくればいがべ(浴びてくれば良いじゃないか)」
と誰かに言われて(誰だかは憶えていないけれど、おそらく祖父だと思う)、Tシャツに短パンにビーチサンダルの姿で外に出た。はじめて服を着たまま雨を浴びると、なんかおしっこを漏らした時のような居心地の悪さと恥ずかしさを感じた。でも、そのまま空を見上げると、顔を打つぬるい雨粒が気持ちよくて、頭がクラクラするほど気持よかった。
すっかり雨が上がってしまうと、ずぶ濡れの服を脱ぎながら誰かに頭を拭いてもらう(おそらく祖母だと思う)。誰かが僕に笑いかけるのが聞こえる。
「雨浴びだすけ、風呂さ入らなくていいな(雨を浴びたから、風呂に入らなくても良い)」
...そんな少年時代の思い出を持つ僕は、当然のように雨を浴びたい大人になった。でも、あまり大人で雨を浴びている人はいないから、こっそりとチャンスを狙っている。大人になると、ポケットには携帯電話やらタバコやら財布やらが入っているし、カバンの中にはパソコン・デジカメ・本なんて濡れちゃいけないものがいっぱい。そんなのを放り投げて、ただ雨に打たれてみたいと思いながら、雨を眺めているのが僕です。
雨の日の喫茶店、ファインダーを覗くのも忘れて雨を眺めている男がいたら、それは僕かもしれません。
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