
夏の暑い盛り、いくら歩きまわっても欲しい写真が撮れない時があるんです。
そういう時は、ヘタに構図を工夫したりレンズを替えてみたりするよりも、無心にシャッターを切り続けると良いことが多いことを、僕は経験上知っています。
上の写真はその典型で、暑さや疲れや、思い通りの写真が撮れないことにぐったりしていながらも、バシャバシャ撮っていた写真の一枚です。おそらく僕の必死にモチーフを探す態度が、この時には「曲がり角の向こう」へと目線を向けていたのだと思います・・・今になって見返すと、大量の「小道の向こう側」の写真の山が出来上がっています。
何を撮りたいのかは、その時には分からない事が往々にしてあります。僕の気持ちが定まっていないんですから、良い写真なんて撮れる訳ありません。さらに言えば、僕が撮った大体の写真は迷いながら憂いながら撮ったものだと言ってしまって良いかもしれません。けど、逆説的に上の写真のように「必死にモチーフを探す僕の気持ち」が写り込んだりして、それが写真をよくすることがあるように思います(あくまで僕にとっての話で、皆さんにそれが伝わるかは別の話ですが)。
僕の手元には、約60000枚、八戸の写真があります。それらすべてに僕の気持ちが宿っているのかもしれないと思うと、大したものだと感心するやら恐ろしいやら。
夏が楽しみです。僕の気持ちをフィルムに焼き付ける、あの強い日差し。
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