
僕がこうして八戸を離れて家でパソコンに向かっている間も、八戸の海辺では無数の波が岸辺を洗っていて、神秘的な泡の配列が生まれては弾け、潮騒が響いているだろうのに、それは誰にも記憶されない。
上の写真の波も、もはやこの世には存在していないし、写真を撮った僕ですら正確に思い出すことは出来ない。
波は、誰にも記憶されないものの代表格と言えるかもしれない。そして波に囲まれた港町は、ただ時代を通りすぎていくモノやヒトの記憶も波にかき消されていく場所のように感じます。
港町で生まれ港町に心の根を張った僕が、そんな波に洗われながら生きていくのだとしたら、最後にはいったい何が残るんだろう?(切ない事書きすぎですよね、あはは)
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