
大好きなサイト・ほぼ日刊イトイ新聞の連載が面白い。具体的に言うと、歌手・前川清さんの正直っぷりが、本当にすばらしい。
前川清さんは言います(連載7回目の前川清さんの発言を僕なりにまとめています)。
不眠症で薬が無いと寝られないのに、コンサートの5分前のベルが鳴ると眠くなる。
他の歌手ほど歌が好きではないし、歌が100%自分の仕事ではないという感覚がある。そもそも、大変なことはしたくない。
例えば、新幹線で東京から大阪まで行く時、早く眠くなればよいのに、京都辺りで眠くなる。やらなきゃいけないことが目の前に迫ると、逃避したくなる。僕はそういうニンゲン。でもそんな時は、「金、金、金」と思ってがんばる。金のためにやってるんだ、と思って、一生懸命になる。
人って大抵こういうところがあると、僕は思います。中にはバイタリティと正義感と責任感に溢れて自発的な日々をすごしている人もいるだろうし、そういう人を否定するわけでもないけれど。でもでも、正直なところ、圧倒的多数でポップな感覚は上記のような「逃げたいけど、金が欲しいからがんばる」というメンタリティだと思うんです。
すごくやる気が出てグイグイと何でもやれる時もあれば、もうどうしようもなくて家に引きこもってるしか無い時もある。ポイントは、どうしようもない時を否定するのではなく、「どうしようもない時もあるけど、頑張って生活を続けていること」を、評価できるかどうかではないかしら。そうやってドーニカコーニカでも何十年生きていたら、家族や友人ぐらいからは褒めてもらえるのが社会の良さではないかしら。先人が作り上げ、僕らが作っていく社会は、それぐらいの温かさを保障していなくてはいけないと思うんです。
例えば。例えば猫は、ただ花の香りをかいだり、陽だまりで寝てたり、散歩したり、ネズミを追いかけたり、恋をしたりケンカしたりしているだけで...十分ですよね。猫はこの世界でそれなりに生活していて、僕らニンゲンから見れば「この世界で、よく一匹で生きていられるなぁ」と思う時もありますが...よくよく考えてみると、「この世界で、一匹で生きていく」って、僕らも同じことではないですか? 仕事をしたり、恋をしたり、家族と一緒に過ごしたり、誰かを助けたり誰かに迷惑をかけたり。そうしながら、人ってそれぞれの人の人生を「一匹で生きて」いるんじゃないかって考えると、猫だってニンゲンだって同じですもん。
ただ生活を立てている、という事のスゴさを噛みしめて、尊敬しあいたい。お金が欲しいから仕方なくやる、という態度でも、やってるだけで十分価値がある。
暮らしてるだけで、スゴい。
冒頭の猫の写真を見返しながら、そんな事を考えていました。そして、「お前は本当にスゴいな!もうハグしちゃいたいぐらい、尊敬するよ!」って伝えたい人がたくさんいる事に思い当たりました。褒めたい人がたくさんいるって、シアワセな事です。
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