
いつか小さい頃に乗ったバスは、整理券にすらワクワクした。この紙を取って乗ることがバスという仕組みのルールで、そんな社会のルールに参加出来る自分が誇らしかった。紫色のインクを汗でにじませながら、僕の目線はフロントガラスにもバックミラーにも写らないどこか別の場所を眺めていた。
僕が眺めていた場所には、堂々と立派なオトナになった僕がいて、年老いても笑顔が余計いとおしくなった家族たちがいて、そして毎日眺めても眺めても足りないくらいキレイでかわいくて自慢のお嫁さんと、子供たちがいる。
「好き」を胸を張って言いあえる、そんな場所。
不器用だし、辛いこともあったけれど、そんなササイなことは触れ合うぬくもりの前にはすべてかききえて、電気を付けたばかりの夕暮れのリビングで心おだやかに夕食を食べている。窓の外を流れていく雲の下側の淵が、何かのしるしのように夕焼けに輝いている。畑では野菜が夕闇の中で何か考え事をしているみたいに、じっと実っている。
毎日はまるで同窓会のように、不出来な昔の自分や相手を許し合って、はにかんで笑いながら過ぎていく。四季が巡り、それぞれの季節の光が差していて、その光の中には僕や僕を取り巻く人々のうれしい事と悲しい事が陰影になって、家路の途中の路地に染み込んでいる。風が、そんな僕の気持ちを知るように、やさしい息のように耳をなでる。海、山、野原、家々や工場や犬小屋や学校、風はそれらを見下ろしながらゆっくりと流れ、何かを確認し終えたみたいに静かに消えていく。
「好き」を胸を張って言いあえる、そんな場所。
あの時僕の手の中にあったバスの整理券は、その場所へと繋がっているはずなんだ。
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