
たんぽぽが咲く野原が家の裏庭にあるような町に僕は住んでいました。それが当たり前だと思ってけど、ちっとも当たり前ではないことを知るのは八戸を出てしばらく後のお話。
そんなこんなで、もう少したんぽぽを評価してあげても良いのではないかと思いつつも、この場所をみんなに見てもらおうとは思わないのです。健気で地味で美しいけれど慎ましやかな花・たんぽぽの「たんぽぽ性」のようなものが、僕をしてブログに場所を書かせないのです。
「たんぽぽ性」とは何か? ...例えば同じ春に咲くである桜を例に採ると、それはとてもキラビヤカで、僕たちを祝福してくれているようなメデタイ感じがあります。一方たんぽぽは地味だけど温かで、僕たちだけじゃなく虫や土までをも祝福しているような感じがします。そんなイメージもひっくるめて、僕は「たんぽぽ性」を定義したい。
というわけで、一面たんぽぽの絨毯になる上の写真の場所をこのブログで公開することは、しばらくありません。そこは多分、僕の家族と周辺何軒かの家の方しか知らない秘密の場所としておく方が相応しいような「たんぽぽ性」を体現した場所なのです。
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