
上の写真は、八戸近郊のとある浜に打ち上げられたゴミです。
・・・こんな汚い写真を載せるなって、思いました?
ところが実のところ、僕はこの写真を見てむしろ「ああ、八戸だなぁ」「港町だなぁ」「心がなごむなぁ」とすら思うんです。というのも、護岸設備が整っていない昔ながらの「浜」という場所は、波が運ぶゴミが何故か溜まる場所が必ず存在するんです。岸壁が整備されていたり、テトラポットなどで波の勢いが殺されている港はキレイなんですけども、小さな漁船を浜にそのまま引き揚げるような原始的で叙情的な浜の周りには、必ずこんな風にゴミが集まっている場所があります。漁師さんや周辺にお住まいの方が定期的に片付けられているんですが、毎日ゴミを打ち上げてくる波には勝てませんから、このような風景が見られることになります。
僕にとっては、ゴミが打ち上げられている風景は、懐かしいものなのです。
「故郷がゴミだらけなんて、寂しいでしょうね」なんて言う人もいるかもしれませんが、片付ければ良いだけの話ですし、原理的にはどこの海辺にだってゴミは溜まりますから、ちっとも寂しくもないのです。こんなゴミが打ち上げられた浜の近くで走りまわって遊んだ原体験が、そう感じさせるのかもしれませんが・・・この風景は「ゴミを散らかす人間の悪い部分」といったネガティブな側面だけではなく「昔から港にはツキモノの懐かしい光景」とか「浜ってのは、こういうもんだ」という親しみ深さのようなものを持っているように、僕には感じられます。
近年は市役所の方々や諸団体、ボランティアの方々の努力によって、八戸の浜辺はどんどんキレイになっていて、ゴミも見られなくなってきました。上の写真のようなゴミが積もる景色だって、あと数年もすれば見られなくなるかもしれません。それは当然良いことだと思うけれど、僕の中にいるひねくれ者で保守的な一部分はほんの少しだけ残念がってたりもするのが、正直なところだったりします。
どんどんキレイになっていく八戸だから、こういう風景も残しておきたい・・・不思議なものです。
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