
出張中につきお写真だけで更新シリーズ、今日は八戸の中心街から少し南・内陸部に向かった鍛冶町にあるシブイ建物です。この辺りは道沿いに商店が並んでいて、八戸の最盛期には吹上・長者近辺の食卓と生活を支えました。現在は時代の変遷でシャッターがしまっている建物もちらほら見えますが、建物自体の上品な造りや坂道をそのままに残す街道的な趣は、今もこの辺りに一種の気品として満ちています。漁師町・工業都市として粗野ながらも粋で温かい人情を育んだ土着の文化と、高度経済成長期に中央から憧れを以て受け入れられた都会の文化。それらは混じり合い、今もなおその香りは失せません。
日本全体が上向いていたその頃、新しいものを「文化○○」と呼ぶ風潮がありました。文化包丁、文化住宅、文化放送なんていうのもその流れで名付けられたものです。かつて、文化とは「新しいもの」を指したのです。
しかし、2010年に至り、八戸から離れて暮らす僕が旅人として八戸に降り立って思うのは、八戸の過去から照射される眩しいほどの「文化」なんですね。かつて未来からやってくると思われた「文化」も、今となっては現存する八戸の町を作り上げた先輩方の思い出として未来とは逆の過去から匂い立ってきているように、感じられるんです。・・・時代の流れとは、言葉の意味を真逆にすら変えてしまう。今八戸に住む人も、これから八戸に行く人も、先人が残し今もその風情を残す鍛冶町界隈の港町文化が顕われた町並みを、味わってほしいと思います。
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