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'09 10月04日 (日) 00時12分 : リンク「青森の『五戸町』ってなんて読むの?なブログ」

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今回ご紹介させていただくサイトは、八戸市のおとなり・五戸町の良いところをつぶさに紹介してくださっている「青森の『五戸町』ってなんて読むの?なブログ」さんです。管理人は「青森サンちの五戸チャン」さん(さん付けで良いのかな?)、自ら「ごのへフェチ」を標榜する女性の方です。

最近の若い人で特に海寄りに住んでいる方は、五戸町についてよく知らない場合もあるかと思うんですが、カンタンに説明しますと・・・

  1. 八戸市の北西に隣接する「となりまち」。
  2. 2004年に五戸町と倉石村が合併し、現在の五戸町となった。
  3. 人口は19000人ほど。

ザックリ言うと八戸の10分の1ほどの規模の町なんですが・・・これが驚くほどに名産が多いんですね。また、八戸と同じ名産品を持っていたりもして、非常に八戸と親和性が高い町だと言うことができるように思います。

しかし、どうしても八戸にはマネが出来ないこともあって、例えば倉石村の地名を今に残す「倉石牛」。全国的にも高い評価を得ていますし、青森県内の品評会でも圧倒的な強さを見せている倉石牛は、八戸が持ち得ない肉牛のブランドであるにとどまらず、青森県にとっても非常に重要なブランドとなっています。

一方で、八戸と親和性が高いものとして挙げられるのは「馬」。

「八戸」と「五戸」に共通する『戸』とは?

そもそも「八戸」と「五戸」に共通する『戸』の由来には諸説ありますが、有力な説とし以下の由来が採り上げられている場合が多いです。五戸町商工会さんのサイトから引用しますと・・・

名著出版発行、北辺の中世史 〜戸のまちの起源をさぐる〜大石直正氏監修によると、平安時代から鎌倉時代にかけての文献、「源平盛衰記」「吾妻鏡」等の中に「戸立」という語があり、これは「戸産」の馬の意で馬を立てる、飼養とするということの意味があり、この「戸」が現在の一戸から九戸までの広域行政地名になったと言われる。

まだ学説が確立されているわけではないのですが、少なくとも八戸や五戸がある地域は昔から馬の名産地であり、馬と共に生きてきた歴史が『戸』の中に込められているということは明らかでありそうです。その歴史は現在にも受け継がれ、八戸も五戸も馬肉の本場として知られているのは県名の方ならご存じの通りですね。

八戸と五戸の両方で行われる祭「えんぶり」

八戸にお住まいの方でもご存じのない方もいらっしゃるのではないでしょうか、重要無形民俗文化財である冬のお祭えんぶりは、八戸だけのものではありません。八戸近郊のいくつかの町に「えんぶり」の風習は受け継がれており、五戸も例外ではないんですね。五戸えんぶりは八戸えんぶりと非常に似た形であり、八戸えんぶりと同様に烏帽子をつけて田植えから収穫までの所作をなぞらえた踊りで春を呼び、豊作を願います。

そしてその烏帽子は、馬の頭をかたどっています

八戸でも五戸でも、この地域一帯を拓き豊かな農地に変えてくれた先人たちは馬を神聖なものとして扱い、雪の舞う厳しい冬の中で大地を鼓舞する手段として、馬をかたちをして踊るという祭りを後世に残しました。八戸や五戸に底流する土着の陸の文化は、そんな風に「馬」によって心の奥底でつながっているのではないか? とすら思えます。

ちなみに、えんぶりの起源の一説として、こんなものがあります。(八戸市公式サイトの「えんぶり豆知識」を参考にしました)

  1. 八戸藩藩主となる南部氏が八戸にはじめて訪れた際、家来の武士たちに地元の有力者周りをさせた。
  2. 家来たちは地元の農民と酒を酌み交わした際、刀を振り上げてしまう。
  3. 農民たちは恐れおののいたが、藤九郎という一人の男が機転を利かし、農作業をかたどった踊りと唄で武士たちを落ち着かせた。
  4. この際の唄と踊りが「えんぶり」の起源となった。
  5. 今でも、踊りの先頭を務める踊り手を「藤九郎」と呼ぶ。

えんぶりは、どうやら外部から持ち込まれたものではなく、この土地の文化に根ざしたものであり、しかもそれは農民という陸を守る人間が作りあげたものであるようです。その思いは、八戸市と五戸町の双方で受け継がれ、今もこの土地を守っているのだと言えるでしょう。

五戸を学びたくなるサイト

上記までに論じたように、八戸と五戸はこの地域の陸の文化をしっかりと共有している親和性の高い町です。JR八戸駅から車で20分ほどで容易に訪ねられるその町の毎日を明るく紹介してくれる「青森の『五戸町』ってなんて読むの?なブログ」さんは、純粋に「五戸って良いところよね〜」と理解できる以上に、八戸にとっては「土着の陸の文化を理解するためのヒント」になるかもしれない・・・そんな風に感じていたりするんです。

南郷村が八戸に編入され、八戸は陸側に大きく広がりました。海から拓けた港町と言われる八戸は、その一方で縄文から続く陸の文化があり、南北朝時代から強くなる中央からの文化の流入の中でもあくまで土着の伝統・風俗・文化を現在まで守り抜いています。

五戸を知ることは、八戸を知ることにつながる。そんな事を考えながら、今日も「青森の『五戸町』ってなんて読むの?なブログ」さんで五戸の楽しいところ・おいしいもの・歴史や文化などに感心している昨今です。八戸市民は読むべき! と個人的には言い切りたいこのブログ、是非ご覧下さいね!

青森の『五戸町』ってなんて読むの?なブログ」さんへ

Comments:2

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kitaguni 2009年10月 5日 00:59

来ましたね~~来ましたね♪
私も以前から五戸ちゃんのフアンでしてね!(^ー^* )フフ♪
倉石もそうですが五戸町から目が離せませんよ!
八戸・・・よりも面白いです!
もしかしたら・・・八戸が疎かにしてきた物が此処に有るからかもです。。。

from8.org管理人 2009年10月 5日 06:55

>kitaguniさん

コメントありがとうございます!

>私も以前から五戸ちゃんのフアンでしてね!(^ー^* )フフ♪

ご存じだったんですねー、さすがです(笑)
僕は八戸にいた頃にはほぼ「知識ゼロ」の状態でしか五戸を知らなかったので、
このブログさんのおかげで本当に勉強になってたりするんです。

>もしかしたら・・・八戸が疎かにしてきた物が此処に有るからかもです。。。

八戸は八戸で一生懸命に発展してきたのだとは思う一方で、
ご指摘されているようなことがあるのかもしれません。
とはいえ、悔いる事も無いのかな、と思っていたりもします。
五戸町という町が八戸の隣にあって、今からでも互いに吸収・補完しあえば良いのですから。
本当、知れば知るほど面白そうな町です、五戸って!

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