
今日の写真は夏の終わりの花火の写真です。東京なら8月中は盛夏というところでしょうけれど、八戸ではお盆に入ったぐらいで夏は終わってしまったような感覚になるのが一般的なようです。例えば、お盆が過ぎたらキャンプは寒いとか、お盆が過ぎたらクラゲが出るとか・・・なんか寂しい感じもしますが、短い夏だからこその風情もあって、それが北の港町八戸独特の風情として町を覆っているような感じがしたりもするのです。
もっと言えば、八戸の人が「八戸の夏は短い」と口に出す時、どこかしらうれしそうに話す事が多いようにも感じます。夏が過ごしやすいことの自慢だったり、北の土地に住んでいることの誇りだったり、残念だけど仕方がないという諦めや許しだったり、そんな感情が垣間見えるように感じます。
八戸を歩き写真を撮っている間、ずっと風が吹いていました。気温は最高でも28度ほど、日差しの強さもさわやかな風に洗われて、心地よく汗が乾いていきます。世間は不況だと言うし、八戸の人も口をそろえて「八戸は良くない」と言うけれど、正直なところ僕から見ると、そこまで悪くは思えないんです。でも、何故か地元の人にとっての八戸という町は、どうにも面白くないものらしい。
地元の人の「八戸は良くない」という発言の例
例えば、八戸繁華街の中心でグルメを気軽に楽しめる「みろく横町」にしたって、地元の人から見るとどうにも良くないらしい。僕は時々観光客を装って人の話を聞いてみるというちょっと姑息な情報収集をすることがあるんですけども、ある人は「みろく横町」についてこんな事を言いました。
出来た頃は行ってみたりもするんだけど、カネが続かなくて2度・3度とは行かないものだ。
この話をした人は、観光客に接することもある接客業の人。その人がこんな事を言うというのは、ちょっと残念だなあというのが正直なところ。仮にも僕が観光客だったら、こんな話を聞かされてもわざわざ「みろく横町」に行こうとは思えないでしょうし・・・
一方で、僕自身の「みろく横町」に対する評価はというと、観光客に対してもビジネス客に対しても十分なクオリティがあるという考えです。もう少し田舎臭くても良いかなと思うほど場の雰囲気も味もよく出来てますし、出てくる商品は都市部における非チェーン店の「ちょっと良い居酒屋」に比べてもリーズナブルです。全体的に2・3割は都市部よりも安いと主観的には感じます。さらには地元の人と観光客が初対面なのに親しく打ち解けて話している場面に何度も出くわした事もあります。これはなかなか、他の観光地では出来ていないスゴイ事です。
だからこそ、僕は僕自身の経験や記憶に照らし合わせた上で、こう思うんです。「この人の発言は完全に正しい訳ではない。むしろ、何かしらの理由で地元を悪く言ってしまっているようだ。」ただ単に八戸の人は謙虚で正直なだけかもしれません。でも、その謙虚さや正しさが悪いほうに傾くと、上記のような観光客の気持ちを暗くしてしまうような事にすらなりかねないし、実際にそんな事が起こっていることが予想できてしまいます。しまいには、地元の人の気持ちすら落ち込んで、「住んでいる町が、良い町とは思えない」という悲しい状況に陥ってすらいるように、僕には感じられてしまいました。
八戸の飲み屋さんを盛り上げたい!
そんな寂しい発言とは反対の、景気の良い発言も聞けました。
八戸は飲み屋さんがとても多くて、東北では仙台に次ぐ数があって、盛り上がっているよ!
繁華街から少し南に下がった長横町近辺には、飲み屋さんだけがひしめくビルが何本も建っていて、不況の中で潰れる店も多いけれど、旺盛な起業者により常に新鮮な活気が保たれています。ネガティブな言い方をすると「飲み屋は数はたくさんあるが、潰れてばっかり」となりますが、本当にダメなら新しくお店を始める人がいなくなるものです。そうして全国各地で飲み屋街が潰れていっている中、規模を維持しているだけでも八戸は優等生なんですね。
それから、漁業最盛期の頃の素晴らしい話も聞きましたよ!
船着き場に漁師が降りると、タクシーを呼ぶ。舟の上と同じ姿で、長靴で乗り込んでくる。いきなり一万円札を渡して「町まで行け、釣りはいらない」と漁師は言う。漁師は魚も携えていて、タクシーの運転手さんにお裾分けをよくしたので、漁師が帰ってくる頃のタクシーの運転手さんは、家のご飯のおかずを買う必要が無かったほどだ。
上記の話、飲み屋さんが仙台に次ぐ規模だとか、タクシーの運転手さんは魚を買う必要が無いほどだったとか、なかなか裏付けの取りにくい話です。飲み屋さんについては調べてみようと思うのですが、タクシーのお話は裏付けというよりは語り継いでいくほか無い話です。
しかしながら、こんな話を聞くと、元気が出ることは確かです。前述の「みろく横町」についての話は聞いてもちっとも元気が出ないですよね、それとは対照的なお話です。こういう話を聞かされた観光客は、「あら、ちょっとお魚食べてみようかしら」「漁師町の風情が良いねぇ」と思うかもしれません。ビジネス客なら「ほう、ちょっと飲みに行ってみるか」と思うかもしれません。
どれだけメディアが発達しようと、結局のところ人の心を動かすのは、やはり人です。
だからこそ、非常に説教臭い言葉ではありますが、八戸を悪くいう地元の人に向けて、敢えてこんな事を言いたい気持ちなんです。あなたが言う「八戸の悪さ」とは、本当に客観的に正しいものですか? 誰かの受け売りではないですか? そして、そんな話が人々の間で交わされる事によって、本来八戸に備わっている良さすら忘れられてしまうかもしれないというリスクに気づいていますか?
八戸の観光について活発に議論され、市街地に市庁肝入りの観光施設が作られようとしている今というタイミングで、地元の人が八戸の事を簡単に悪く言ってしまう状況は、僕にとってとても寂しいものです。
夏の八戸に吹く風について、地元の人は口々に「風があるからさわやかだ」「いい風だ」と言いました。同じように、今の八戸の町並みや観光資源や産業についても、やさしく前向きに捉えてほしいと、僕は思います。僕も微力ながら、このサイトで色々と八戸の良さを採り上げようと考えているので、どうか。八戸の雰囲気をプラスに変えられるかどうかは、地元の皆さんの八戸に対する態度にかかっていると思うのです。
サイト開設から1年、これからも八戸を楽しみながら、良さを発見していきたいと思います。
生意気な事言って、ごめんなさい。
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