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'09 03月17日 (火) 08時08分 : 年寄りをいわたるモラル(麻生さんの仮名遣いミスについて)

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マスコミの偏向報道っぷりについてはここのところ連続してお伝えしているので深く掘り下げないとして、最近のマスコミの品の無さがよく見える出来事がありました。

  1. 総理の番をする女性記者がバレンタインデーのプレゼントを麻生さんに。
  2. ホワイトデー、麻生さんは手書きのお礼を添えてプレゼントをお返し。
  3. 日テレ、手書きのお礼の中に「御心ずかい」という表記ミスを発見。正しくは「御心づかい」。
  4. テレビで「また総理が漢字を間違えた」とあげつらう。

文部科学省が定めている現代仮名遣いにおいては、確かに「心ずかい」は誤りです。しかし、調べてみると「心ずかい」という表記は「表音式仮名遣い」と言われるもので、昭和五十八年以前に発行された広辞苑では言葉の見出しにこの表記を使っています。ただし、この表記は広辞苑独特のものであり、普段使うべき仮名遣いとしては「心づかい」のほうが依然正しい・・・というのが事実だということです。

つまり、マスコミの主張は「客観的に正しい」。(参考1)(参考2)(参考3)(参考4

ただね、僕は思うんですけど、僕のばあちゃんとか「ず」と「づ」の区別は付かなかったですよ。それどころか、「チ」と「ツ」、「ス」と「シ」、「イ」と「エ」を間違えていたりして、自分が名付けた子供の名前すら間違って書いてたりもしました。例えば・・・仮の名前ですけど、「カツヤ」という名前を「カチヤ」なんて書いてて、子供心に「かわいそうだなあ、でも昔の人だから仕方が無いのかなあ、教えてあげたいけど、逆に傷つけちゃうかなあ」なんて複雑な想いを抱いたものです。お年寄りのそんな様子を見ながら、改めて自分が受けている教育が成し遂げている事を間接的に感じることができた訳です。

そんなこんなで、僕はこれぐらいの仮名遣いの誤りを騒ぎ立てるマスコミを、少し下品だと思う。麻生さんだって年寄りなんだから、これぐらいの誤りは仕方ないんじゃないかな、と思います。

一国の長とお前のばあちゃんを比べるな! と言われればそれまでなんですが、少なくとも僕は相手がばあちゃんだろうが総理だろうが、年寄りだったら字の間違いぐらいあるよなぁ・・・という風に、年寄りの誤りを嬉々として指摘するような態度は取らないでいたいと思います。

少し話は変わりますが・・・例えば、僕たちは友達だったり家族だったり、学校や職場だったり、同じ趣味を持つ同士だったりで「仲間」を作ります。最小で2人、最大は何万人という仲間がこの世界には存在していますが、そんな中で人類が有史以降に作り上げた最大の「仲間」は何でしょうか? 「国」ですね。同じ土地に住み、同じ規則(憲法・法律)を持ち、同じ権利(人権・幸福の追求等)を持ち、同じ義務(納税・教育等)を負っている。団塊の世代の頃の人たちの話を聞いていると、どうにも「国」という言葉が出るだけでアレルギー反応を示していたりもしますが、僕は疑問に思います。「国」だって、「仲間」だろう? と。ましてや、肩を寄せ合って暮らすたくさんの人々が上手くみんなで仕事を分担し、共に住み良い社会を作っていく仕組みとして人類が知恵をひねって作り出した「国」というシステムに対して、敬意も何もなく無碍に貶めることは、それほど説得力があることだろうか? と。

もし国というシステムに不備があるのなら、それは過去に生きた先祖たちの不備であると同時に、そんな先祖たちの遺伝子と文化を受け継いでいる自分たちの不備でもあるはずです。それをただ「正しくないから」という理由で叩く人は、その人自身が持っている不備に気づいていないことを表明しているに過ぎないように思うんです。

年寄りを叩くのも、同じことだと思います。僕らだっていつかは老います。今は若い身体と脳みそで目一杯世界のあらゆることを学習し楽しんでいますが、それは時代が過ぎていくのに沿って劣化し、身体は動かなくなるし、知識は古くなるし、頭は回らなくなります。それを「不備」「正しくないこと」と言い切っていいのか。どうしても、僕はそう思えません。

「国」というシステムの不備にしたって、「年寄り」の知識の誤りにしたって、両方とも「過去は誤っているものであるし、それは現在も同様である」という前提があるならば、一面的に唾棄することはできないはずです。この世界は完全ではないはずです。だからこそ、そんな不完全な世界を生きるために、「年寄りを敬え」というモラルが生まれたんじゃないでしょうか。

そんなこんなで、小難しいことを書いてしまいましたが、結局のところ、不完全な僕は年寄りを敬おうと思います。不完全な僕たちが互いをいたわりながら生きていくには、敬う気持ちが必要だと考えます。そして、「正しいかどうか」を世界を見るモノサシにするのではなく、「間違っていることもある」をモノサシにしたい、と、思います。

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