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'09 03月19日 (木) 07時07分 : 八戸はリンゴがあまりとれない(観光という商売)

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これは僕の勝手な思いこみかもしれないですが・・・よくこんな事を言う人がいますよね。

「アタシって、褒められるタイプの人だから」

その発言自体はまったく否定しません。でも、個人的には「ん?」と違和感を感じるところがあるんです。この発言って、人の性格には下記の背反する2つのパターンがあることを前提としています。

  1. 叩かれて伸びるタイプの性格
  2. 褒められて伸びるタイプの性格

でも、僕はこう思うんです。叩かれて伸びるタイプの性格の人なんて、いないんじゃないか。結局人が伸びる時って、褒められたり、自分が上手くやった事に充足感を得たりした時しか無いんじゃないかなぁ、って思うんです。お前はバカだ、バカだ! って言われ続けながら努力をし続けられる人なんて、いないんじゃないか。

仕事をしていてもつくづく思うんですが、僕が動く時って、やっぱり人から褒められた時です。やっぱり、人は周囲からポジティブな想いを持たれていると感じた時に、種々の心配や自分の殻を脱ぎ捨てて、伸びることができるように思います。

逆に言えば、「人から期待されていて、褒めてくれそうなこと」をするように心がければ、褒められてうれしくてまた頑張る・・・というポジティブなスパイラルが生まれるような気がします。

・・・前置きが長くなりましたが、八戸。上の話のように「人から期待されていて、褒めてくれそうなこと」に八戸が上手く答えられていない例として、リンゴが挙げられるように思います。

八戸とリンゴの微妙な関係

例えば京都を訪れる観光客は、どんな事前知識を持っているでしょうか。「京都ってどんなイメージですか?」と訊ねたら、きっと「舞妓さん、寺・・・えーと、あと京野菜・・・うー、あと何あったっけ?」ぐらいしか答えられないんじゃないでしょうか。もちろん予習をキッチリして京都をガッチリ楽しもうとしてくる観光客もいますが、観光客の大多数の心を掴もうとするのなら「舞妓さん・寺・京野菜程度の知識の観光客」に合わせた対応をしなくてはいけません。

八戸も一緒です。京都と比べるまでもなく知名度が低い八戸は、観光客はこの程度の知識しか持っていないでしょう。仕事の仲間などに聞いてみた結果をまとめると・・・

  • ほぼ100%の人が思いついたもの:リンゴ。
  • 30%ぐらいの人が思いついたもの:確か港だったような。

これがリアルなんですよね。三社大祭も、えんぶりも、イカもサバも、南部せんべいも、菊も、蕪島も・・・出てこないんです。認知されていないんだから、楽しんでもらえる訳がない。「八戸は青森県にある→青森県はリンゴ→だから八戸はリンゴ」と理解してもらえているだけでも御の字で、それ以上は望むべくもない・・・現実はかくも厳しい。

で、改めて思うんですけど、八戸の観光客がリンゴに触れる機会を増やした方が良いように思うんです。「リンゴ、リンゴ・・・」と思いながら八戸に降り立つ観光客の期待に応えてあげないと、あっという間に観光客のテンションは下がって、「リンゴすら無いのか! 八戸は何も無いじゃないか!」と思われてしまうんじゃないかと思うんですね。

一方、翻って八戸市民の声を聞いてみると、当然のように「八戸はリンゴが名産というわけではないんだから、観光客に出したって仕方ないじゃないか」と皆が口をそろえて言います。その気持ちはよーく分かります。その通り、八戸はリンゴがあまりとれません。名産ですら無いんだから、観光客に出すべきではない。これは善意に根ざした判断であって、悪気は無く、むしろ正直で素直な考え方だと思います。

しかし・・・。先ほど例にあげた京都をもう一度採り上げますと、京都ってこんなところです。

  • 舞妓さんなんて、なかなかいない。
  • 京野菜なんて、京都市内ではほぼ取れず、県外からの輸入も多い。

だけど、観光客として京都に降り立って歩いてみると、町中に舞妓さんのイラストや京野菜の漬物屋さんが散在していて、いかにも「ああ、俺は京都を今歩いているのだ」と感じさせてくれるんです。これこそが、観光客を相手にした商売・・・というか、「客の欲しいものを売る」という商売の根本的な原理だと思うんです。

観光客に対して笑顔を見せ、丁寧に応対し、誠意を尽くして楽しんでもらうという一面と、名産でもない商品・地物ではない食べ物に付加価値をつけて高く売ること。誠意と打算、この背反する2つの行為のバランスを取っているのが、観光という産業です。それに比べ元来八戸は朝市という文化を持ち、付加価値を付けて高く売ることから遠く離れた「地物を最低の価格で売る」ことに対する興味関心を今も色濃く残しています。この文化を僕はキライじゃないけれど、「リンゴ無いのかー」とガッカリする観光客のことを考えれば、リンゴという「八戸名産ではないけれど、期待されていること」に対しても胸に手を当てて取り組まなければならないように思うんですね。そんな取り組みが、ひいては八戸とリンゴの微妙な関係(八戸の人たちの、リンゴに対するある種そっけない気持ち)もポジティブなものに転換されていくような気が、するんです。

今日の写真

八戸のシンボルとして八戸市民には馴染み深いうみねこは、よーく見ていると、風向きに合わせて立っています。世界の風向きに対して、期待されている事に対して素直に生きる生き方です。野生に生きることと商売はどこか似ていて、世界のあり方に対して最も効率よく動かないと、食べていけないんだろうな・・・と思います。

今日の写真は、ウミネコの夫婦。写真を撮ろうとして近づいたら、一歩も動かずに夫婦から睨まれました。これぐらいの気概があるほうが、生きていく強さが感じられて、とても良い。八戸もこうありたいと願うものです。

追記

文章を一部改訂しました。「八戸はリンゴがとれない」という表現を「あまりとれない」「名産ではない」と変えました。元の表現では「八戸ではリンゴが一切とれない」という意味合いになってしまうためで、これは意図したものではありませんでした。お詫びして訂正いたします。

Comments:4

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やじろじゃ 2009年3月19日 09:43

 はじめまして。いつも楽しく拝見させて頂いております。
ブログ内容もさることながら、写真の美しさに強く感心しております。

 本日は少しだけ気になった部分がありましたので、コメントさせて頂きます。
 ご存じと思われますが、八戸で全くリンゴが収穫できないのではなく、栽培されている事をあまり公にしていない事が問題ではないかと思います。
 県南、特に内陸部は強烈な内陸性気候によって、思わぬような果樹の収穫がなされております。
惜しむらくはその収穫量であり、それ故に大きく宣伝されないと言う側面が。
 また、地域特性でしょうか、広告宣伝に力を入れない、金を惜しむと言う所があります。ま、広告宣伝を一手に担っている(つもりになっている)役人様が都度各地でPRと称する展示会などに出展と称し出張されておりますが、あれの総額を見ると、全国テレビCMが余裕で出来る金額でもありますが。(多少誇張)

 農家の努力も津軽に負けないものがあり、その味は知る人ぞ知るモノでありますが、とにかく数が無い。また、流通経路や元締めである各種団体(とぼやかしておきます)が、まるでやる気が無いのが一番の問題です。
 こういった状況を少しでもご理解頂ければ幸いかと思います。

from8.org管理人 2009年3月19日 22:37

>やじろじゃさん

コメントありがとうございます!
温かいお言葉、励みになりますっ!!

> ご存じと思われますが、八戸で全くリンゴが収穫できないのではなく、
> 栽培されている事をあまり公にしていない事が問題ではないかと思います。

ご指摘の通りで、これは僕の書き方が全面的に悪かったと思います。
さっそく、本来意図していたような形に文章を改訂させていただきました。
実を申しますと、(あまり書くとバレるのでボヤかしますが)
実家の隣は小さな果樹園をやっていましたし、家にも木があります。
ハッキリと分かっていたのに、文章をキツく書きすぎてしまいました・・・
お気を害されたかと思います、本当にごめんなさい。

>惜しむらくはその収穫量であり、それ故に大きく宣伝されないと言う側面が。

やじろじゃさんの想いが伝わってくるような文章です。
ご指摘のように、八戸では果樹がとれるけれど、量が少ない。
その上、PRも後手に回ってしまっています。
欠席裁判のようになってしまうと悪いのでハッキリとは書きませんが、
八戸の各種産業の問題点を探っていくと、どうにも明確に突き当たる団体が
いくつかありますね。それらの団体に共通することは
「付加価値を付けない」と「ニーズを把握していない」の2点に尽きると
個人的には考えていて、今回採り上げたリンゴも同様のケースかと思います。

ただ、リンゴのケースの場合は、どこかしら八戸の人全体が
「リンゴは八戸にふさわしくない」とイメージしているような気がしているので、
その団体だけの問題だとも思わないんです。観光客からのニーズを
八戸のけっこう多くの人が把握していない好例ではないか? さらには、
いかに思いこみによって可能性が閉ざされているか? を理解するための
良いケーススタディになるんじゃないかな、とすら思います。

企画でご飯を食べている僕としては、どうにも「強みが活かせていない」感が強く、
今日の日記のような強めの文体となってしまいました。言い訳っぽくて申し訳ないのですが。

今回のやじろじゃさんの文章に、僕個人としてすごく惹かれたので、
少し「八戸の果樹」について調べてみたいなと思います。市川のイチゴ以外にも、
八戸には果物がたくさんあることが理解できる分かりやすい情報をまとめられれば、
もっと八戸の良さをアピールできそうな気がします。
とても大事なヒントをいただいた気がします(今まで八戸の果物について
あまり考えてきませんでした)、本当にありがとうございましたっ!!!

kitaguni 2009年3月20日 00:51

昔はりんご取れました。
周りの畑はリンゴ畑が大部分。
ただ、栽培されていた大部分の品種が「紅玉」・・・地元では「まんこう」と言いましたが、酸っぱい赤い物でした。
それが時代に沿わなくなったのが原因です。
確かに新しい品種「デリシャス」とか「ゴールデン」も有りましたよ。
ですが・・・賞味期間が短い・保存が効かない・などの理由でそれらの品種は交配に周り、今の「フジ」等が全盛に成ってます。
何故に八戸では新しい品種が栽培されなかった?
それは、地域差を考えた農林省の政策では無かったかと思われます。
リンゴは津軽、南部は「長芋」を奨励したのでは。。。
農協の薦め?によってリンゴ畑はリンゴの木は伐採され殆どが長芋畑に成りました。
今でもリンゴ畑は残っています。
八戸から五戸へ通じる農道沿い。
倉石では当時の紅玉を栽培し、リンゴジュースが人気商品になってます。

ウミネコの様に・・風向きに反応し過ぎた八戸・・・でしょうかね。。。

from8.org管理人 2009年3月20日 12:47

>kitaguniさん

コメントありがとうございます!
皆さん地元のことを本当に大事に考えられているのだな・・・
と分かるコメントで、こちらもうれしいです。

>ただ、栽培されていた大部分の品種が「紅玉」・・・
>地元では「まんこう」と言いましたが、酸っぱい赤い物でした。

懐かしい! 友達の家に行った時、友達のおじいさんが
「あーまんこうくいてえ」と大きな声で言っていて、
意味が分からなくて少し怖かったことを思い出しました。

・・なるほど、政府の政策により八戸のリンゴ栽培が下火になった
かもしれない、ということですね。いやはや、八戸のリンゴは
2つの意味で不遇だったわけですね。

(1)リンゴ栽培が推奨されなかった
(2)青森=リンゴのイメージに答えられていない

(1)のほうは、言わば「風を読み過ぎ」、
(2)のほうは「風を読めず」というわけですか。
うーむ、これは今も頑張るリンゴ農家の方は辛い状況ですね・・・

でも、企画担当の僕だったら、希少価値だったり
津軽と南部の地質の違いだったり、色々と調べて付加価値を付けて
あげたいなあとも思います。

加えて、僕のにも「昔はリンゴ畑はたくさんあったけど、無くなってしまった」
という記憶が残っています。もしかすると、八戸の人にとって
リンゴ畑は「懐かしい風景」なのかもしれませんね。
この辺り、掘り返していくと色々と新しい価値が発見できそうです。

「地元八戸の人も懐かしむ幻のリンゴを栽培している農家があった!」

なんて具合に、地元の人にも市外の人にもアピールできればいいなぁ。
いやはや、皆さんのご指摘は本当にいろいろなことを気づかせてくれます。
心から感謝します、ありがとうございました!!

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