
これは僕の勝手な思いこみかもしれないですが・・・よくこんな事を言う人がいますよね。
「アタシって、褒められるタイプの人だから」
その発言自体はまったく否定しません。でも、個人的には「ん?」と違和感を感じるところがあるんです。この発言って、人の性格には下記の背反する2つのパターンがあることを前提としています。
- 叩かれて伸びるタイプの性格
- 褒められて伸びるタイプの性格
でも、僕はこう思うんです。叩かれて伸びるタイプの性格の人なんて、いないんじゃないか。結局人が伸びる時って、褒められたり、自分が上手くやった事に充足感を得たりした時しか無いんじゃないかなぁ、って思うんです。お前はバカだ、バカだ! って言われ続けながら努力をし続けられる人なんて、いないんじゃないか。
仕事をしていてもつくづく思うんですが、僕が動く時って、やっぱり人から褒められた時です。やっぱり、人は周囲からポジティブな想いを持たれていると感じた時に、種々の心配や自分の殻を脱ぎ捨てて、伸びることができるように思います。
逆に言えば、「人から期待されていて、褒めてくれそうなこと」をするように心がければ、褒められてうれしくてまた頑張る・・・というポジティブなスパイラルが生まれるような気がします。
・・・前置きが長くなりましたが、八戸。上の話のように「人から期待されていて、褒めてくれそうなこと」に八戸が上手く答えられていない例として、リンゴが挙げられるように思います。
八戸とリンゴの微妙な関係
例えば京都を訪れる観光客は、どんな事前知識を持っているでしょうか。「京都ってどんなイメージですか?」と訊ねたら、きっと「舞妓さん、寺・・・えーと、あと京野菜・・・うー、あと何あったっけ?」ぐらいしか答えられないんじゃないでしょうか。もちろん予習をキッチリして京都をガッチリ楽しもうとしてくる観光客もいますが、観光客の大多数の心を掴もうとするのなら「舞妓さん・寺・京野菜程度の知識の観光客」に合わせた対応をしなくてはいけません。
八戸も一緒です。京都と比べるまでもなく知名度が低い八戸は、観光客はこの程度の知識しか持っていないでしょう。仕事の仲間などに聞いてみた結果をまとめると・・・
- ほぼ100%の人が思いついたもの:リンゴ。
- 30%ぐらいの人が思いついたもの:確か港だったような。
これがリアルなんですよね。三社大祭も、えんぶりも、イカもサバも、南部せんべいも、菊も、蕪島も・・・出てこないんです。認知されていないんだから、楽しんでもらえる訳がない。「八戸は青森県にある→青森県はリンゴ→だから八戸はリンゴ」と理解してもらえているだけでも御の字で、それ以上は望むべくもない・・・現実はかくも厳しい。
で、改めて思うんですけど、八戸の観光客がリンゴに触れる機会を増やした方が良いように思うんです。「リンゴ、リンゴ・・・」と思いながら八戸に降り立つ観光客の期待に応えてあげないと、あっという間に観光客のテンションは下がって、「リンゴすら無いのか! 八戸は何も無いじゃないか!」と思われてしまうんじゃないかと思うんですね。
一方、翻って八戸市民の声を聞いてみると、当然のように「八戸はリンゴが名産というわけではないんだから、観光客に出したって仕方ないじゃないか」と皆が口をそろえて言います。その気持ちはよーく分かります。その通り、八戸はリンゴがあまりとれません。名産ですら無いんだから、観光客に出すべきではない。これは善意に根ざした判断であって、悪気は無く、むしろ正直で素直な考え方だと思います。
しかし・・・。先ほど例にあげた京都をもう一度採り上げますと、京都ってこんなところです。
- 舞妓さんなんて、なかなかいない。
- 京野菜なんて、京都市内ではほぼ取れず、県外からの輸入も多い。
だけど、観光客として京都に降り立って歩いてみると、町中に舞妓さんのイラストや京野菜の漬物屋さんが散在していて、いかにも「ああ、俺は京都を今歩いているのだ」と感じさせてくれるんです。これこそが、観光客を相手にした商売・・・というか、「客の欲しいものを売る」という商売の根本的な原理だと思うんです。
観光客に対して笑顔を見せ、丁寧に応対し、誠意を尽くして楽しんでもらうという一面と、名産でもない商品・地物ではない食べ物に付加価値をつけて高く売ること。誠意と打算、この背反する2つの行為のバランスを取っているのが、観光という産業です。それに比べ元来八戸は朝市という文化を持ち、付加価値を付けて高く売ることから遠く離れた「地物を最低の価格で売る」ことに対する興味関心を今も色濃く残しています。この文化を僕はキライじゃないけれど、「リンゴ無いのかー」とガッカリする観光客のことを考えれば、リンゴという「八戸名産ではないけれど、期待されていること」に対しても胸に手を当てて取り組まなければならないように思うんですね。そんな取り組みが、ひいては八戸とリンゴの微妙な関係(八戸の人たちの、リンゴに対するある種そっけない気持ち)もポジティブなものに転換されていくような気が、するんです。
今日の写真
八戸のシンボルとして八戸市民には馴染み深いうみねこは、よーく見ていると、風向きに合わせて立っています。世界の風向きに対して、期待されている事に対して素直に生きる生き方です。野生に生きることと商売はどこか似ていて、世界のあり方に対して最も効率よく動かないと、食べていけないんだろうな・・・と思います。
今日の写真は、ウミネコの夫婦。写真を撮ろうとして近づいたら、一歩も動かずに夫婦から睨まれました。これぐらいの気概があるほうが、生きていく強さが感じられて、とても良い。八戸もこうありたいと願うものです。
追記
文章を一部改訂しました。「八戸はリンゴがとれない」という表現を「あまりとれない」「名産ではない」と変えました。元の表現では「八戸ではリンゴが一切とれない」という意味合いになってしまうためで、これは意図したものではありませんでした。お詫びして訂正いたします。
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