
八戸という街では、パチンコが盛んです。都会に比べれば所得は低い・・・はずなのに、何故かパチンコ屋は大盛況。どっからお金が出てくるんだべ? と不思議に思いながらも、これも漁師町のサガだったりもするんだろうなぁ・・・とも思います。
明治の30年代に小中野に貸座敷が生まれてから、東北屈指の歓楽街であった八戸。芸者が闊歩するネオンきらめく町並み・・・今となっては面影もわずかに残る当時の建物ぐらいしかありませんが、遊び好きと言われることも多い漁師の一昔前は「飲む・打つ・買う」。お酒を飲んで、博打を打って、春を買っていたわけです。そういう時代だった・・・なんて聞いたことがあります。(今、まじめに生活されている漁師の方、申し訳ありません! あくまで昔話ということで、ひとつ)
お酒は今でも飲めますが、売春は昭和33年の売春禁止法によって完全に絶たれ、残された博打はパチンコだけ。
そんなこんなで、八戸では今もパチンコが盛んだったりするのかなぁ・・・とか思いながら、僕もたまにパチンコ屋をのぞいてみたりするんです。八戸に帰省した時だけ、行く時は大抵21SEIKIかNeverlandか・・・なんてローカルトークはさておき、パチンコと言えば。
皆さん、「面影ラッキーホール」というバンドをご存じでしょうか。
1998年にデビューしたバンドなんですが、このバンドの歌の世界観がスゴイです。徹底的にダメ人間を歌う。不幸を歌う。歌謡曲にもなりきれないような、リアルな怠惰と情欲にまみれた人生を歌う人たちです。しかも何故かバンドは大所帯で、ファンクっぽいノリの良いアレンジだったりするんで、聴いてるだけで頭が混乱してくる感じすらします。
で、今日ご紹介したいのは、シングルカットされた面影ラッキーホールの曲の中でも屈指のノリの良い曲『パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた・・・夏』です。
もう・・・タイトルだけで、頭抱えちゃいますね。曲のストーリーを少しだけご紹介します。
- 働かず暴力をふるう旦那と子育てに疲れた主婦の唯一のストレス発散が、パチンコでした。
- 30分だけのつもりが大当たり、7連チャン。
- 「車の窓は少し開けておいたんです」「ほ乳瓶は置いておいたんです」
- でも、車内で待っていた娘は・・・
ああ、もう、ダメだ。書いているだけで、ダメです。うわーもー! やめてー!! ってなります。最悪、最低です。
でも、でも・・・心が動くんですね。こんなヒドイ歌詞だけど、ヒドイと思うのは、それだけリアルだからなんですね。「あるかもしれない事」「ひどいんだけど、本当にあった事」・・・「これほどまでに悲しい人間の性」を綴った歌詞が、一昔前の歌謡曲っぽかったり戦隊モノだったりのノリの良いアレンジで歌われるんです、もう堪らないものがあります。
個人的には、アンダーグラウンドなバンドではここ10年最大の収穫ではないかと思います。上に紹介したような歌詞ですから、無論オモテに出てくることは無く、今日も密かに支持を受けています。今後もシリーズで面影ラッキーホールの歌世界について解説させていただこうかと思っています、物好きな方だけでも良いので、おつきあい下さい。
ちなみに、面影ラッキーホールというバンド名の由来は、初の国産医療用ダッチワイフである「面影一号」と、80年代に存在した風俗店の一種である「ラッキーホール」からだということです。どちらも「人間のダメさからの産物にも見えるし、人間そのものにも見える」ものだと思います。そもそもダッチワイフに「面影」なんて名前をつけた当時のセンスと開発者の想いのようなものを考えると、ダメさと切なさが混じり合った複雑な感情に苛まれます。
そんな名前を冠した面影ラッキーホールは、徹底的に人間の欲求とダメさと、その裏の切なさを歌う人たちです。理想に向かって今日も希望を胸に頑張る若者には分からないかもしれないけれど、ある程度年を取って後ろめたい事もして、自分の中にダメさがあることに気づいたオトナが聴くと、グッと来る歌。そんな歌を、昔は歌謡曲や演歌といったジャンルがカバーしてくれていましたが、最近はトンと聞こえてきませんよね。そんな「自分の中にダメさがあると気づいたオトナ」の人に、是非聴いて欲しいと思います。
個人的には、八戸を含めた日本の景気回復策として、パチンコ・スロットの全面禁止を強行すべきだと考えています。それだけこの業界は貧乏人から金を奪っているように思うし、警察との癒着など良いことがありません。でも・・・それでも、ダメなオトナが欲に目がくらんで数万円突っ込んで、挙げ句に負けてクサクサしている世界観も、キライじゃないんです。もちろん今回紹介した『パチンコやってる・・・』のような悲劇は起きてほしくはないのですよ、それは絶対です・・・でも、負けると分かっててもパチンコ打っちゃう人たちを見ていると、根っこのところで「人ってみんなダメなとこ、あるでしょ?」というところは共感できるし、切ない連帯感すら持ったりするんですね。
だからこそ、八戸でのパチンコ隆盛の様子を見ると、悲しくて、切なくて、面白いんです。
次回は最新のアルバムから、幸せを追求して生きる僕たちに強烈な問いを投げかける問題作「私が車椅子になっても」をご紹介します。新婚夫婦に訪れた悲劇を歌い上げるこの曲、もうタイトルだけで、ヤバイですよねぇ・・・
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