
次のフォトジャーナルは、冬の雨に打たれながらも静かな活気が感じられる陸奥湊の朝市です。ほぼ写真選定と調整も終わり、あとはストーリーを付けながらの微調整のみとなっています。
いやー、陸奥湊、良いですね(笑)
例えば、Googleで「朝市」と検索すると出てくる有名な朝市として、こんなものが挙げられます。
これらの有名な朝市と見比べた上で、陸奥湊の朝市の魅力をまとめると・・・
- 施設が決定的に古く、情緒がハンパ無い
- 駅の階段を降りると目の前がもう市場
・・・この2点に集約されると思います。この2点、陸奥湊の朝市は絶対に守らなければなりません。古く寂びれた港町情緒では日本一! を八戸が標榜するとすれば、陸奥湊の朝市は間違いなく最重要拠点のひとつとなります。新幹線から八戸線に乗り換えて、陸奥湊駅を出るとそこは朝市・・・というシナリオは最高に魅力的です。
「おんでやぁんせ」を言わない八戸の人
一方で、どうにも理解できない点があります。この記事のタイトルにもありますが、目下八戸ではどこに行っても看板に書いてある文句「おんでやぁんせ八戸」。
これ、陸奥湊はおろか、八戸駅でも八食センターでも観光案内所でも、みろく横町ですら、どこでも聞こえてこないんです。「おんでやぁんせー」と声を上げている人が、いない。となると、「おんでやぁんせ八戸」というキャッチフレーズは嘘である、ということになります。
これは滑稽です。滑稽ですが、事情も理解します。僕が八戸に住んでいた頃ですら、おんでやぁんせーなんて聞いたことが無い。「いらっしゃいませー」「見でけで(見ていって)」「買てけねが(買ってちょうだい)」なんてのは聞いたことがあるんですが、「おんでやぁんせ」は記憶にありません。僕は取材の時は大抵何もしゃべらず、黙々とカメラを首から下げて歩き回っているんですが、陸奥湊は何度も何度も歩いているにも関わらず、僕が八戸に住んでいた頃と同様「おんでやぁんせ」の声は聞かれませんでした。
例えば関西では、店を出る客に対して「おおきに!」と声をかけます。普段は「おおきに」なんて使わないんですよ、関西の人って、あんまり。でも、お店では「おおきに!」と声をかける。観光客の僕は、そこで関西の情緒というものに触れることが出来る訳ですね。
ところが、八戸はさんざん「おんでやぁんせ八戸」と謳っておきながら、誰もちっとも「おんでやぁんせ」なんて言わない。「観光をナメてんな、こいつら」と思われても、今の八戸には返す言葉がありません。嘘のキャッチフレーズで、観光は出来ないですからね。
観光は、幻想を壊さないこと
どんな土地でも、観光は「地元のリアルな生活と、観光という虚構の幻想」の戦いになります。観光地に対して夢を抱いてやってきた観光客のテンションを落とさないように細心の注意を払わなければ、感動を持ち帰ってもらう事は出来ません。
想像してみて下さい。有名温泉宿の仲居が、足袋ではなく変な色の靴下を履いていたら。どんな立派な歴史ある旅館であっても、いっぺんに観光客のテンションは下がります。幻想は消え失せ、観光客の心は動かなくなってしまいます。
もし八戸が「おんでやぁんせ」というキーワードを使って観光を展開するのであれば、観光客とふれあう接客業の人たちに「おんでやぁんせ」と声を上げてもらうように市役所なり商工会なりが指導しなければなりませんし、それが無理なら「おんでやぁんせ」というキーワードを捨てるべきです。
嘘のキャッチフレーズが観光客の幻想を壊してしまう前に。
おもてなしの難しさ、そして港町文化
観光客に対する「おもてなし」をするのは、とても難しいものです。外面が良く不器用と言われている八戸の気性を持つ人にとっては、普段使わない言葉である「おんでやぁんせ」を大きな声で言うなんて、恋人に愛してると言うぐらい尻込みすることになるのではないかな・・・と予想します。でも、ここをクリアしなければ、「観光客が望む虚構を演じ、もてなす態度」を持てなければ、八戸の観光はスタート地点にすら立てません。是非に、八戸の観光業界の方には一皮ムケて欲しいな、と切に願います。
一方で、「無理じゃね?」と考えている人もいるだろうな・・・とも思います。もしそんな人と話ができたら、僕は希望を持ってこう言いたいと思います。
八戸は港町。全国・世界の漁師たちを受け入れ、休ませ、ねぎらって来た歴史と実績があるんだよ。海の上での辛い仕事をやり遂げて帰って来た漁師を受け止める文化を、もともと八戸は持っていたんだよ。観光客を漁師だと思って、「普段の生活、おつかれさまでしたね」とねぎらえば良いんだよ、それが出来たら、観光なんて出来たも同然だもの。ね? やればできるはずだよ? まずは声を出すところから始めてみない?
残念ながら、現状では「おんでやぁんせ八戸」というキャッチフレーズは役立たず・・・というか、むしろ観光客をガッカリさせる可能性すら持っている、やっかいな代物だと僕は考えます。でももし、このキャッチフレーズを実現できたら、そこが八戸の観光産業が一気に花開くかもしれません。
観光が花開くか否か。それは、八戸市民が「もてなしの港町文化」を意識して「おんでやぁんせ」と声を出せるかどうかで決まります。政治でも、お金でも、景気でもないのです。
声を上げられるか。この一点で決まる、と僕は考えます。
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