
五月、といっても「サツキ」です。
映画「となりのトトロ」の序盤、サツキとメイが七国山の病院にお母さんをお見舞いに行った時、お母さんに髪を梳いてもらっている間、サツキは頬を赤らめています。これ、オシャレがうれしいという気持ちと、「お母さんに照れている」気持ちがあるんだと思います。妹がいる手前、自分からしゃしゃり出て甘える事を普段から躊躇してたでしょうし。
身内、しかもお母さんに会って照れるなんて、なんてイジラシイんだろう、って思ったら、泣けました。あのシーンで泣いてる奴はあまりいないんじゃないかな・・・少なくとも男では。
でも、例えば僕は久しぶりに帰郷してばあちゃんに会うと、こんな年になった今でも照れます。好きな人に会うと照れる、これはやっぱり当たり前のことではないかなーと思います。
でも、サツキが照れているのなら「ああ、なんてイジラシイ!」って思うんだけど、自分が照れてるとキモイ以外のナニモノでもないのはどうしてだろうな。年を取ったら、照れてる自分も肯定できるぐらい心が広くなるのかな。
なんて話をしてたら、女の子の友達がこんな事を教えてくれました。
あとトトロで泣けるのは、サツキがおばあちゃんに「お母さん、死んじゃったらどうしよう。」と言ったとこ。多分自分の口から「死」って出て、ビビって号泣したんだろうなと思うと、すげぇ泣ける。
なるほど、自分で言ったことにビックリする、か。大人の感覚からすると「自分で考えてから話したんだから、後から驚くなんておかしいじゃないか」になるんですが、その因果が曖昧な状態になっているのが子供なのだよなあ、と感心した次第。
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